2007年12月19日水曜日

働きながら学ぶには強靭な精神力が必要

現在僕は資格試験の合格を目指して勉強をしている。その資格とは「英検準1級」。

で、これがなかなか難しい。問題の難易度もさることながら、勉強時間の確保が難しい。

法務の仕事は基本的に会社に勉強しに行っているようなもので、その日が終わる頃には、頭はくたくたでその後勉強など、なかなかできない。

しかし、それ以上にやる気(気持ち)の問題がある。

僕は、生まれてからまともに勉強した記憶が大学受験の時くらいしかないという、典型的な勉強嫌いだ。しかし、ほとんどの人がそうであるように、大学受験の時はかなり本気で勉強した。あの大学受験の時の熱い気持ちで勉強に取組めれば、いくら疲れていても大丈夫なのだろうが、今は疲れていることを理由にしてどうもやる気がでない。

これはなぜかというと、大学受験の際の勉強と比較すると、現在の資格試験対策の勉強は自分の将来にそれほど大きな影響がないからだろう。

なんだかんだ言っても、日本はまだまだ学歴社会なので、大学受験は重要な試験だ。合格した大学が、いわゆる1流大学であるか2流大学であるか、もしくはそれ以下の名前も知られていない大学であるかで、人生が大きく変わってくるのは間違いのない事実だ。

僕は昔(高校生の頃まで)

「何でも勉強だけで判断する学歴社会は間違っている」

とか

「東大出てもろくに仕事の出来ない奴はたくさんいる。意味がない。」

と、割と本気で思っていた。 

しかし、ある日テレビ番組で「学歴なんて関係ない」と僕が思っていたことと同じことを主張している大人を見て、考えが100%変わった。なぜならその大人の肩書きには『東京大学教授』とあったからだ。当然ながら、東大の教授には日本の学歴エリートしかなることはできない。


「こいつら、学歴の恩恵を受けた上で好き勝手なことを言っているのか」


僕はその時、学歴社会の真理に気付いたのだ。それからは「いい大学を目指して」本気で勉強するようになった。あの番組を見ていなかったら、大学に行かずに専門学校にでも行って、職人にでもなっていたかもしれない。まあ、その人生も悪くはないが。

少し話は逸れたが、社会人になってからも勉強を継続させるのは、相当大きな動機が必要なのだなとつくづく感じる。

時々、社会人として働きながら、公認会計士や弁護士にといった超難関資格を突破した人の話を聞くが、資格試験も難関であればあるほど将来への見返りも大きいので、そのリターンのインセンティブがハードな勉強の継続を可能としているのかもしれない。

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